私が好きな小説家の1人である、馳星周先生の直木賞受賞作である。
私は、好きな小説家を勝手に敬称で呼ぶ癖があるので、この後、馳さんと呼ぶ事にする。
馳さんのデビュー作である、不夜城が夜を賑わせていた頃、私は偶々、関東地方で大学生をしていた。
関東地方といっても、大学のキャンパスの関係で、1年時は八王子、2年時からは吉祥寺近辺で生活していた。
八王子や吉祥寺のある武蔵野市あたりだと、新宿まで中央線で一本で行けるので、近隣の商店街で間に合わない物を購入する時や、時間に余裕があって、偶に東京らしい雑踏を感じたくなると、なけなしの金を叩いて、新宿に足を運んでいた。
当時は、田舎者丸出しの私でも、歌舞伎町を歩いていても、昼間であれば、不要なキャッチに声をかけられるぐらいで済んでいたので、時間がある時は、JR新宿駅の東口を出てから、歌舞伎町まで歩き、旧コマ劇場まで進んで、裏路地を抜けて、西武新宿線の方向まで散策する事を繰り返しえいた。
「ここが不夜城の舞台になった、新宿 歌舞伎町か。」と物思いに更けなながら歩く散策は、良い気分転換になっていた。ただ、裏路地に入った時に道に迷ってしまい、新大久保方面まで進んで、途中の公園で平日の昼間から、花見の季節ではないのに、勤め人ではない男性の集団が、車座になって酒盛りをしている所に遭遇した時は、内心、それなりに焦った。
馳さんと言えばハードボイルド、裏切りに次ぐ裏切りと暴力で人間不信に陥っていく様が都会で生きていく上で重要だと勝手に学んだ私は、学んだ事を大学生活でも応用し、常に相手の思考を読む事、自分のメリットとデメリットを考えて動く事を肝に命じていた。
ただ、所属が理工系で、大学の学年が上がると、卒業研究を行なればならなくなり、読書をする時間を削って研究論文を読む時間に充てざるを得なくなってしまったため、馳さんのハードボイルド小説を読む機会が、徐々に失われていった。
大学を卒業後、大学院に進学し、修了後に勤めた会社では、10年間程、寝ている時間以外は、殆ど仕事をしないと、仕事が終わらなかったため、仕事を続けた結果、10年目を境に、体を壊してしまった。
当然、その間は、馳さんの小説を読む機会もなかった。
風の噂で、馳さんが東京から地方に引っ越し、犬に関する本を執筆されていると聞いた。
馳さんの犬好きは知っていたが、ハードボイルドのイメージが強かった私は、馳さんが犬について、どんな描き方をするのか、簡単に想像できなかった。
また時間が経過し、平日でも自分の時間が持てる会社へ転職したある日、馳さんが直木賞を受賞した事をニュースで知った。
私は、そのニュースに多少驚き、次の休みに書店に向かい、「少年と犬」を購入した。
作品は連作で、犬が東北から九州まで移動する間に関わった人間の人間模様が、澱のように描かれていた。
馳さんお得意の、グロテスクな表現が出てくる場面もあるが、それが嫌味にはならず、作品のいいアクセントになっている。
この作品の中で、犬は、ある人物の相棒であり、ある人物の支えである。
犬を通して、その人間の根底にある複雑な感情が炙り出されえいるように感じた。
馳さんの初期のハードボイルド一辺倒の作品とは、また一味違った、味のある作品の様に感じた。
全体としては、300ページぐらいのしっかりとした小説だが、連作になっているため、1つの話は、50ページ前後だ。
読書習慣のない方でも、1つの話を読んで、休むを繰り返せば、それなりの時間で読み終える事が可能だと思う。
特に、犬を飼った事がある方、現在、犬を飼っている方は、一読の価値がある作品と感じた。
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